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【集団的自衛権】宮台さん、それ間違ってるよ
昨夜ふとしたきっかけがあり、宮台真司界隈の憲法論議を改めて見直した次第。
以前から正直この界隈の議論には本気で怒りを覚えていたのだけど、改めて見てみると酷い。

なお、当方管理人は社会学者ではないので、社会学者の猿真似をして、勝手な人間分析や民族・宗教・文明論的な考察をして相手の言説を規定することは致しません。
あくまで客観的に検証可能な論理、事実関係、法論理、などの部分で指摘しております。


学生諸君が考えるべきこと~宮台真司インタビュー[前編]
http://www.miyadai.com/?itemid=119



『新聞などに書いてきたとおり私自身は改憲論者です。
例えば9条については、集団的自衛権を明示的に認めた上、国家安全保障基本法を作って集団的自衛権の行使条件をマルチラテラルな枠組みに委ねるようにする。

そうすれば、アメリカその他から理不尽な出兵要求があっても、マルチラテラルな合意手続きをクリアせよと要求でき、アメリカの言うがままの「ケツ舐め自衛隊派遣」のごときものを防遏できる。 』


ええっとですね。
(↑もうこの時点でどこから突っ込んだらいいものか、嫌になってる。)

当方管理人如き、記事にもある通り宮台に言わせれば「憲法論もロクにしらない田吾作」と言ったところでしょうが、確か国際的な憲法学の通説では、自衛権は自然権だったはずなのですが。

自然権とは、つまり憲法典に「行使できる」とわざわざ書き込まなくても、当然の常識として認められる国家の権利なんですよ。
これに関しては連合国(通称国連)憲章にも「自衛権を妨げない」と明記してあるし、それ以前から確定、各国が確認してきた国際慣習法です。


国民を「田吾作」と罵るほど憲法論に詳しいハズのこの方、どうしてこんな国際法無視の無茶苦茶なことを書くのか、と思ったら、別の記事ではこんなことを言ってる。



(集団的自衛権 行方を問う)アジアの信頼得て9条改正を 宮台真司・首都大学東京教授
http://www.asahi.com/articles/DA3S11049156.html



法原則的には、解釈改憲は認められないとする歴代内閣の立場が正論だ。
現在の国際法は軍事力を自衛権の行使に限定し、自衛権には個別的自衛権と集団的自衛権の二つしかない。
個別的自衛権を合憲とした上で憲法9条が何かを制約するというなら、集団的自衛権しかない。
改憲抜きに9条を無力化する解釈改憲は、憲法の威信を損なう。



いやいやいやいやw
(↑こんな有名な人が当方管理人如きでも突っ込みどころしかないこの言説を新聞等で書いていることに戸惑っている。)


これはつまり、高辻元法制局長官が当用憲法典の威信を破壊したとかそういう話でしょうか??

このブログでも何度か書きましたが、集団的自衛権に関しては、そもそも解釈改憲により禁止されたという経緯があります。
この話題では倉山満氏が目立っていますが、倉山氏が気に食わなければ政府関係の文書でもその事実だけは確認できます。


憲法第 9 条と集団的自衛権
―国会答弁から集団的自衛権解釈の変遷を見る―
http://ndl.go.jp/jp/diet/publication/refer/pdf/073002.pdf



つまり、一国の暫定憲法典如きで自衛権を制限できると考えているのでしょうが、宮台の言い分ならとっくの昔に当用憲法の威信とやらは破壊されつくしていて、今更どうこう言っても危険を増幅させるだけで国益にはならんわけですが。

ただし、学者が理屈上何といおうと、また政府公式見解でどう強弁しようと、集団的自衛権は現に行使している、というのが実態です。
(さすがに宮台もこの現実は理解している模様。)


そもそも、憲法の法技術的な上記の矛盾、誤りと歴史的経緯を知らない事以上に、宮台の当用憲法に対する捉え方にも大変な矛盾を公言しており。

最初のリンクの記事に戻って、

『手続き的には大日本帝国憲法の改正条項に基づく欽定によって成立した日本国憲法です。
むろん事実上、新憲法制定の主導権を握ったのはGHQです。
ガバナビリティの確保を狙った占領軍の意志で象徴天皇制が日本国憲法に書かれ、保守派は「アメリカさま、感謝感激あめあられ」という話で、「ケツ舐め野郎が保守を騙る」滑稽が今日まで続いている。 』


そこまで言うなら当用憲法に威信もクソもなくねぇ??
(↑段々ネット界隈の変な人を相手にするノリになってる。)


元々、本人が様々な媒体で公言している通り、対米独立のため改憲及び重武装路線を支持、と並々ならぬ反米姿勢を見せる宮台。
また、宮台が師匠と自称する、小室直樹氏の憲法論議でも「日本国憲法は死んだ」とされております。
(当方管理人もこの部分は賛成だし、最初に殺したのは他でもないマッカーサーです。)


そのような宮台が、今更「再解釈改憲」による集団的自衛権の確認如きで当用憲法典に忠義立てする論理がイマイチよく分からないのですが。



直接関係はしないのですが、宮台に限らず、小室憲法本読者が陥りがちな症状として、どうもキリスト教がないと立憲政治ができない、と思い込むというのがあるようです。
(ちなみに「キリスト教が立憲政治の必要条件か」というのは明治時代以来のガチな大論争のネタだそうで、憲法学、政治学上自明でも、ましてや「これが分かればすべてが分かる本質」でも何でもないとのこと。)

また、しばしば宮台界隈で言われるのが「憲法は国民から国家への命令である」ですが、宮台や小室氏が言うように、当用憲法典は「GHQから日本人への命令」の体裁となっております。
(より詳しく言えば、GHQ内のソ連のスパイと馬鹿が、1週間くらいでテキトーに書いたのを、どうしようもないので日本側のプロが必死こいて手直ししたもの。)

本人達がここまで分かってるわけですから、当用憲法典の威信がどうのこうのと喚き散らしたり、当用憲法典をまともに扱って「これこれの条文が重要」とかやったりする事を正当化する論理があるとは全く思えないわけですが。


ともかく、事実誤認を積み重ねて論を組むので、当用憲法典体制をクサしてるんだか持ち上げてるんだか単にハードル上げしているんだかよく分かりませんが、そういう話は、帝国憲法の憲政の常道英国憲法体制を整理してから言ってもらえませんかね、と当方管理人は思うわけです。

(ちなみに、小室直樹氏も宮台も米国憲法から入っており、英国慣習法や帝国憲法の運用というのが実際にはよく分かっていない模様。また、少なくとも読者達の感想文を見るに、憲法 constitution と憲法典 constitutional code の区別もあまりしない。)


昨夜調べたところでは、小室本を読んだ人の感想文や解説文を読むと、ほとんどが宮台と似たような見解になっておりアタマを抱えました。
とはいえ、小室直樹氏本人の見解がそうだ、というのは本を読まないと分かりませんので、読む事にしました。


日本人のための憲法原論
http://goo.gl/fpwjq5



日本いまだ近代国家に非ずー国民のための法と政治と民主主義ー
http://goo.gl/sO8iZ7



憲法とは国家権力への国民からの命令である
http://goo.gl/fnIySX



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