り~ふれっと資料置き場(仮)@すまん寝屯所
り~ふれっと用TOP page はこちらから。http://himorjp.blog.fc2.com/blog-entry-97.html
プロフィール

デフレ脱却支持。

すまん寝

Author:すまん寝
り~ふれっと関連資料はコチラから。

り~ふれっとはコチラ

Youtubeの動画置き場はコチラ

本棚

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

カテゴリ

月別アーカイブ

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

QRコード

QR

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

【学問の自由】「軍事研究禁止」に関して
安全保障技術研究推進制度 防衛装備庁
http://www.mod.go.jp/atla/funding.html


「軍事的安全保障研究に関する声明」 日本学術会議
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/anzenhosyo/anzenhosyo.html


京都大学における軍事研究に関する基本方針
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/kihonhoshin/index.html



・制度と一連の反応に関して

防衛装備庁サイドとしては「先進民生技術の基礎研究」を資金の対象としており、その運用も学術サイドに相当の配慮と遠慮をしたものになっている。
具体的には、

『本制度の運営においては、
・受託者による研究成果の公表を制限することはありません。
・特定秘密を始めとする秘密を受託者に提供することはありません。
・研究成果を特定秘密を始めとする秘密に指定することはありません。
・プログラムオフィサーが研究内容に介入することはありません。』


と明記。

日本学術会議の声明は、この意味でかなり早期警戒的かつイデオローギッシュな過剰反応と言えるもので、不適当であるが、さらに大学の現場に降りてくる段階でなぜか「防衛省、及び米軍からの資金導入は行わない」が共通見解化している。

日本学術会議声明ですら、
「ガイドラインを作れ」としか言っていない


のだが。
さらに、京大の方針の如きものは、これらの制度の実態を無視、かつ学術会議声明ですらもボヤけさせて拡大解釈可能としたものとなっている。
(資金導入などの具体的手続き論ですらなく、「軍事研究」という分野を不明瞭に名指しして「行わないものとする」と言い切っている。)


※図式化すると

防衛装備庁「先進民生技術にお金出します」
       「研究の自由には配慮した運用にします」

学術会議「政府による介入が著しい」 (注:事実関係がない)
      「ガイドライン作れ」

????

????「日米政府の軍事資金受け入れを禁ず」

京都大学「軍事研究を行わない」


最後のところ、誰がどの段階でこう捻じ曲げたのか、当方も把握できておりません。



以下、当方の見解。

(1) 軍事目的とそうでない研究を分離することは不可能

当方の立場として、軍事的な問題は学術界が正面から責任を持って向き合うべき知的領域であるという国際標準的な立ち位置を我が国が早く確立べきだという考えです。
そもそもの学術研究実態として、人文系・理工系を問わず、軍事的研究とそうでない研究を明確に分離することは不可能です。
よって、京大のような運用方針を取る場合、大学内外のある種の集団によって恣意的に特定の研究が弾圧されるという道を正当化しかねない懸念が生じます。

大学や研究機関にいる当事者達はそのことが分かっているので、上から「軍事研究禁止」の方針が通達された際にこの種の指摘が内部から噴出しています。(報道されていませんが。)
研究者が全員活動家じみた思想を持っているわけではありません。
この種の実際的な指摘をできる人も確実に存在はしています。
とはいえ、「軍事研究は認めない」という大方針だけは上で決まっており、それがなぜか「日米からの軍事資金導入はしない」という共通理解にすり替わって降りて来たため、この点を覆すには至っておりませんが。


(2) 軍事的な問題は知的領域である

我が国では全く共有されていませんが、国際標準では軍事外交問題は、人文系・理工系をまたぐ知的領域であるというのは常識です。
とりわけ我が国では、軍事的問題に関する人文系の研究シーズが著しく欠けているか、存在しても全く影響力を持っていないように思います。

先の集団的自衛権の際にも、当用憲法典の不当な制約という厳しい条件のもとで一部の国際政治学者や国際法学者が国際慣習に基づく常識論を述べたにもかかわらず、学術界の対応は、東大当用憲法学者を担ぎただひたすらこの種の人達に対する弾圧を繰り返すというおよそ知的とは言えない態度でした。

軍事的問題は国際慣習法や地政学が関係する問題であり、いかなる論理で動いているのか、いかなる歴史的教訓があるのか、などの軍事的側面をきちんと研究しておく必要があります。
それが共有されていないと、根拠に乏しい感情的な政策決定がなされる危険性もある、と考えるのは妥当なことだと思いますが。
学術界も感情的、イデオロギー的な反軍事活動を繰り返しているに過ぎないので、この種の意見はまだ表立って言うのは難しい状況です。
(外交≒軍事であることがほとんど理解されていないのもその証左。)

要約すれば、

軍事研究を責任持って行わないのは危険

というのが当方の立場です。


(3) 軍事的な備えをすることが平和安全を保障する

京大声明の如き「本学における研究活動は、社会の安寧と人類の幸福、平和へ貢献することを目的とするものであり、それらを脅かすことに繋がる軍事研究は」といったモノ言いも我が国あるいはリベラル特有のものでしょう。
欧州などの諸国を見ても、まともな知的領域では明らかに「軍事的に備えることで平和と安全を確保する」という考えが合意として存在しているように思います。
軍事的備えを著しく怠ることで、被侵略→本土決戦、あるいは邦人拉致といったリスクが増大する。
これは論理です。

自国の平和安全を確保したいのであれば、軍事と表裏一体である外交における論理をきちんと研究し、知見を蓄えておく事は絶対に必要です。


スポンサーサイト
【トンデモ憲法論】「誰も法律に賛成しないから憲法に書くしかない」!?だったらなぜこういう案にしないの?
「誰も法律に賛成しないから憲法典に書くしかない!」

こんなバカな理由を、教育無償化を憲法典に書き込めという変な議論の根拠として持ち出したバカな維新議員がいるそうです。
ヒステリー起こすのは勝手ですけど、申し訳ないですがこれ誰の入れ知恵か大体分かってるんですよね。

ていうか、そういう理由だったら、もう難しい政策論が全部憲法問題化しますよね。
憲法典は個別政策を書き込むための法典ではないんですけど??
ついでに言うと、憲法典に書き込めば何かが実現するわけじゃないですけどね。
実際、当用憲法典前文と9条があっても世界は平和になっておりません。
拉致被害者取り返してからそういう妄想は騙るべきでしょう。

誰かこのレベルの基礎から教えてやってくださいよホント。
(あー、東大当用憲法学だと教えられないか。)


しかもそういう理由を持ち出すなら、超繁文主義なところには目をつむるとして、どうして以下のような案にしないんですか?
当方だったらこうしますけど。
(もちろん、原則論から言えばバカ論なので、あくまでもネタです。)



*************************

前文

日本国民は、正当に選挙された議会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民の所得増大による成果と、わが国全土にわたつて成長のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再びデフレーションの惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに財政権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
そもそも財政は、日本銀行との積極的な協調によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は議会がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令を排除する。

日本国民は、恒久の成長を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民との交易と信義に信頼して、われらの成長と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、増税と緊縮、利上げと売りオペを地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく貧困と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、財政規律のことのみに専念して国民を無視してはならないのであつて、財政金融の拡張は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。



第二章 財政再建の放棄

第九条  日本国民は、成長と雇用を基調とする国際平和を誠実に希求し、財政規律の発動たる増税と、緊縮による威嚇又は緊縮の行使は、経済政策を遂行する手段に限らず、永久にこれを放棄する。
2  前項の目的を達するため、財務省その他の財政担当官庁は、これを保持しない。単一の官庁による予算査定権は、これを認めない。




【ゴミの日】労働・社会保障・再分配に関わる日本国憲法典のトンデモ条文
今日はゴミの日ですね。

日本国憲法が70年間一度も改正できなかったホントの理由
http://ironna.jp/article/6479


『「タマに撃つ タマが無いのが タマに傷」
何十年も自衛隊で自虐的に歌われ続けた狂歌だ。まるで冗談になっていない。
戦車兵や砲兵はまだ良い。
彼ら射撃訓練をするために予算を削られている他の陸上自衛官は、平均して年間200発も射撃訓練をしていないと聞く。
これはアメリカ軍楽隊以下の水準だ


海と空に至っては、さらに悲惨だ。2~3年に1回しか射撃訓練をしていないとのことだ。
では、海上自衛隊や航空自衛隊の基地をテロリストが襲撃してきたら、誰が守るのか。
最低限は海上自衛官や航空自衛官が自力で守ってもらわねばならないが、そんな訓練など存在しないに等しい。
では、陸上自衛隊が守るのかと問われれば、「聞いていない」と答えるだろう。』


『吉田茂内閣の時に、自衛隊の前身である警察予備隊が発足し、「軽武装」が主張されて今に至っている。

では「軽武装」とは何人か。32万人である。

この数字の根拠は、首相官邸周辺・自衛隊基地・主要港湾・主要幹線を最低限度の日数は防衛できるだけの数である。
ここに原発は入っていない。
原発の電線が切られれば日本人がパニックになるのは、東日本大震災の教訓だ。
それよりなにより、自衛隊は発足以来、25万人の定足数が足りたことはない。

こういう話をすると、返ってくる決まり文句がある。
「9条を変えなければ何もできない」と。
本当か。
では、全国の自衛隊駐屯地でトイレットペーパーは2ロール目から自腹である。
予算が無いからだ。
これも憲法9条を変えないと改善できないのか。
予算を付ければ良いだけの話である。』


『訓練費も定足数も、同じ話である。
憲法どころか、法律の改正すらいらない。
必要なものを必要と主張すればよい
堂々と財務省主計局に予算請求すればよいのだ。
ところが、防衛省自衛隊関係者の前では、予算の話はタブーである。
どこの省庁も、もはや錦の御旗と化している「財政健全化」を持ち出されたら、予算支出の増額を言いにくくなるが、官界では最弱小官庁の防衛省自衛隊は主計局の前では蛇に睨まれた蛙である。



防衛省、良いんですかね、こんなんで。
良いわけないんですけど。

それにしても、倉山氏など憲法論者と目されている人であっても、ゴミの日に予算の話で紙面を割く。
先日紹介した樋口恒晴氏の本も、軍事の本と思いきや、大部分が大蔵省による予算差配・政治支配が関わる問題でした。
戦後ずっと重要だったのはそういうところだということだし、憲法典論議に入る以前のショボいレベルでの争いが続いているということでもあるんでしょう。



ところで、憲法典の問題となるといわゆる「護憲派」が噴き上がる日でもありますね。
「我らが不磨の大典をいじろうとする悪い奴がいる!」というニュアンスで。

そりゃ当方も自民党による当用憲法典の上塗り(財政規律条項付き)などウンコだと思いますよ。
(ここは強く言っておく。)

でも、自分達だけが憲法典の正当な理解者であり守護者だみたいな態度は非常に気に入らない。
「護憲派」名乗る人は往々にして「人権」とか「社会保障」の運動において本隊を気取っていると思いますけど、9条絡み(自衛隊や集団的自衛権など)でやっている手口をそのまま以下の条文についてやり返されたらどうしますか?

*********************
日本国憲法27条
すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ
2  賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3  児童は、これを酷使してはならない。
*********************

当方が「保守」なら、あるいは財務官僚なら、絶対これやりますね。
「勤労は義務じゃないか!生活保護は憲法違反だ!」
と。

どうして誰もここまで露骨にはやらないかというと、これまでの運用の積み重ねで、一応この条文の字義的な意味を部分的に殺しているからでしょう。
要するに「無職が憲法違反」みたいなアホなことにならないように、運用を積み重ねてきたわけです。

そうそう、ちなみにですが、当用憲法典27条に関連が深い、ある国の憲法典を紹介しておきます。

*********************
ソ連1936憲法(いわゆるスターリン憲法)12条

ソ同盟においては、労働は、『働かざる者は食うべからず』の原則によって、労働能力のあるすべての市民の義務であり、名誉である。
*********************


当用憲法典はこのように条文だけ見ようとすると整合性が取れなかったり、字義通りに運用したら大変なことになる条文も多く、大変問題がある(というのは誉め過ぎで、実際にはデタラメな)憲法典です。

そのうえで、当用憲法典を変更することに同意するしない以前に、「護憲派」勢力ですら自分達が都合の良い時には「解釈」と「運用」によって、当用憲法典が字義的におかしい部分を殺しているのだということを自覚してもらいたいということです。



【日本国憲法】当用憲法典の主語などを日銀に変えると酷い件
前文

日本銀行は、正当に選出された総裁及び審議委員を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による為替安定と、わが国全土にわたつて物価安定のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再びインフレの惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、この法律を確定する。

そもそも日銀は、物価の厳粛な安定によるものであつて、その権威は通貨の信認に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この法律は、かかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の経済学、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の物価安定を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、為替安定を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した
われらは、物価を維持し、インフレとスタグ、財政破綻と財政ファイナンスを地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしくインフレとスタグから免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いづれの国家も、自国の経済のみに専念して他国を無視してはならないのであつて、経済政策の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の経済を維持し、他国と対等な為替に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本銀行は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。



第二章 インフレの放棄

第九条  日本銀行は、物価と為替を安定させる国際経済を誠実に希求し、金融政策の発動たる買いオペと、経済政策による債務又は雇用の改善は、国家経済を運営する手段としては、永久にこれを放棄する
2 前項の目的を達するため、買いオペその他の政策は、これを保持しない。国の経済政策は、これを認めない




・・・まぁネタですが、経済クラスタの人なら酷さが分かるはず。
現実の当用憲法もこのくらい酷いのです。




【現状認識】「金融緩和だけでは効かない」は事実と違う
マクロ経済政策に関する認識がまたぞろ混乱してきました。

現状認識として

金融緩和だけではデフレ脱却できない

という話をまた蒸し返す人が増えてきています。
特に、財政政策を重視する立場を表明する人がこれを言い出しているようですが、消費税増税の悪影響がこれほど鮮明になっている中、これは非常に不思議なことです。


元々、一部の経済評論家や大学教員による煽りもあってか、

財政政策vs金融政策

とか、

デフレは貨幣現象vsデフレは総需要不足

というエア思想戦対立構造に発展してそれ尾を引いているのだと思いますが、もちろんこんなものは実際には違います。



最近の金融経済情勢と金融政策運営
石川県金融経済懇談会における挨拶
日本銀行副総裁 岩田 規久男
https://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2014/ko140910a.htm/



こちらの図表11に、金融政策の波及経路という図があります。

金融政策の波及経路は、大きく分けて

・為替経路(円高是正による輸出業の収益改善、製造拠点の国内回帰)
・ポートフォリオリバランス(資産価格上昇による収益期待上昇、それに伴う投資や雇用の拡大)
・予想実質金利の低下(投資や雇用の拡大)


などで、いずれも総需要に働きかけることで、雇用の増大や名目賃金の上昇により物価上昇につながります。

このとき、日銀は物価目標を安定的に達成し続けるようコミットメントをしなければなりません。
(コミットメントがあいまいな金融緩和は市場への働きかけが弱く、効果が薄い事が知られている。)


消費税増税をはじめ、ある種の緊縮的財政政策を行うと、このような強力な金融緩和の効果をもブチ壊しにする、ということがリーマンショック以降の世界的な動きとして知られています。


詳細はこちらをお読みください。


世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0
野口旭 著
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784492444115



リフレ・レジームと消費増税
片岡剛士 / 計量経済学
http://synodos.jp/economy/5510




おおざっぱには、岩田副総裁の図表でも説明できます。

増税とリフレレジーム


消費税増税は、政治的に何らかのアクション(つまり法改正)を行わなければ元に戻ることはない、といった意味で恒久的な性格を持つ緊縮財政です。

恒久的な緊縮財政は、国民の実質所得目減り期待などを通じて消費抑制に強く働きかけ、総需要を減退させます。

結果、投資抑制に働きかけ、デフレギャップを拡大させ、雇用増大や賃金上昇、ひいては物価目標達成の足を引っ張る結果となっています。

さらに、デフレ脱却、長期低迷の本格的な脱出という政策レジームを打ち出した安倍政権でそれに逆行する増税をしてしまったことにより、そのような政策レジームへの信頼そのものが毀損した恐れがあります。


実際、

平成22年基準 消費者物価指数 全国 平成27年(2015年)3月分 (2015年5月1日公表)
http://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/index-z.htm



労働力調査(基本集計) 平成27年(2015年)3月分 (2015年5月1日公表)
http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/tsuki/index.htm



政府統計で見ても、雇用、物価ともに増税以降足踏みを続けており、さらに各種景気関係指標、予想インフレ率の参考になるBEIなどが増税以来低下傾向にあります。


これらの指標から、増税前まで金融緩和の効果で大幅に改善してきた雇用を増税が大幅に足を引っ張ったが、金融政策は引き続き続行中なので、なんとか大きく後退しない範囲で踏みとどまっている、というのが現状でしょう。


野口旭氏の本によれば、このように金融緩和をしたにも関わらず緊縮財政を断行し、結果的に景気回復をブチ壊しにした例は日本に限ったことではなく、英国、欧州諸国(ドイツは望んでやってる節があるので例外としても 苦笑)、米国などでそれぞれに似たようなことをやらかしている、とのこと。


我が国の場合にはもう一つ問題があります。

各種世帯の所得等の状況 (平成25年)
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa13/dl/03.pdf



平成ひとケタの頃と比較して、低所得層の割合がどんどん増加しています。
現状、年収400万円以下の世帯が約半数を占めており、逆進性の高い消費税増税が消費性向の高い多数の家庭を直撃している可能性が高い。

増税の悪影響が想定以上に大きかったと言われるのも、このあたりを軽視し過ぎていたのではないでしょうか。



要するに、現状の何だか煮え切らない景気動向、物価動向の足を引っ張っているのは明らかに消費税増税という緊縮的財政政策です。


この状況を打開する最善の策は、消費税増税を中止して5%に戻し、一方で貨幣発行益を最大限利用して拡張的財政に伴う増税予想を完全に断ち切ることでしょう。
加えて、低所得層への給付系財政政策が必要です。


さらに、消費税増税による総需要の毀損を通じて、日銀のインフレターゲット政策への信頼が揺らいでいる可能性があります。
追加緩和、可能なら日銀法改正などのテコ入れも当然必要になると思われます。

(個人的には、拡張的金融政策、拡張的財政政策、やれることは何でもやれ、と思います。)


いずれにしても、

財政政策vs金融政策

という対立図式にこだわるのは現状認識として間違っているし、今後の対策を考える上ででも思考を制限してしまい有害だと思います。

「金融政策だけでは効かない」は明らかな間違いで、変動相場制の国では正しくやれば明らかに金融政策が効きます
だからと言って、「財政政策にはもう用はない」、ましてや「金融緩和さえしておけば増税しても問題ない」も明白な誤りとなります。